種なしの裏側に筋トレと職人芸
最近のスーパーや直売所では、すっかり「種なしぶどう」が主流になっていますよね。でも実は、ぶどうって最初から種がないわけじゃないんです。あのシャインマスカットだって、放っておけばちゃんと種ができます。じゃあ、どうしてみんな種なしになっているのか?それは、生産者がせっせと「ジベレリン処理」という、地味で根気のいる作業を行っているから。水で薄めたジベレリン溶液にぶどうの房をポチャンと浸すだけ、簡単そうでしょう?でも、この「ただ浸すだけ」が、驚くほど難しいんです。それはなぜかってタイミングの問題。まず「満開から3日以内」に浸すという超短期勝負。しかもこの「満開」の見極めがまたクセ者で、ぶどうの花は上から順に咲いていくので、上は咲いてるけど下はつぼみ、という状態は当たり前。しかも、処理後8時間は水気厳禁。雨でも降ろうものならすべてが台無しです。天気予報とにらめっこしながら、ぶどうの顔色(花色?)を読み取る、ある意味「職人技」です。そして何千、何万という房を一つずつ処理するのは気の遠くなる作業。溶液の入った500mlのコップを持った手は、30房目で重くなり、50房目で震えはじめ、70房目には「これ筋トレだっけ?」という気持ちになります。終わるころには、利き手だけムッキムキです(笑)。私はまだまだ修行中の身。「これは満開かな?」「いやでも下にまだつぼみが……うーん、どうしよう」と、何度も立ち止まってしまいます。そんな私の横で、迷いもなく淡々とすずしい顔で処理を進めていく園長は、もはや仙人の所業。いつか私も、「あ、この房は明日ね」とサラッと言えるようになりたいものです。
ジベレリン処理という名の修行の日々です。
天邪鬼農家とIT女子の物語
「昼寝してる間に作業を終えてくれる機械が欲しいです!」
ある日、大手電機メーカーの新入社員(IT得意)がキラキラまぶしく輝く目で私に聞いてきました。「どんなIT機械があったら便利ですか?」……と。即答しました。農家の本音です。夢、というより願望です。スマート農業だのAIだの、自動化・無人化の波は農業にも来てまして、確かに昔では考えられない夢の機械がどんどん登場しています。が、しかし。実際に田んぼで泥まみれになって働く我々には、「おや?」と思うことも多々あるわけで。例えば最新の田植え機はGPSで自動走行し、苗をピッピと植えてくれる賢い優れもの。ですが、その自動は「田んぼの中だけ」。田んぼと田んぼの間の移動は結局、人が運転。しかも苗や肥料の補充、田んぼの状態で植え方を調整する判断など、人の出番だらけ。結局、田植えには最低2人は必要で、じゃあ、もう1人が運転すればよくない?ってなります。だから「?」なのです。なぜ、まずそこを自動に?でも、その新入社員さん、ただの質問屋ではなかったんです。学生時代から農業×ITの研究をしていたらしく、「この技術、現場で本当に必要とされてるのか?」と疑問を持っていた天邪鬼タイプ。だから自ら作業体験に来て、こちらも「変わり者」と称されることを誉れと感じる天邪鬼農家の、生の声を聞いてくれたのです。今では「農業を憧れの職業に!」と志高く、夢の機械をカタチにしようと奮闘中。こんな人がいるから、技術の進歩に夢を見られるんですよね。というわけで、私たちも遠慮せず「こんな機械が欲しい!」って妄想し続けましょう。だって、技術の進歩って、誰かの「勝手な夢」から始まるもんですから。
自動摘粒装置「摘粒くん(仮名)」が彼女との夢。
農業に「防衛力」が求められる時代
イノシシ、カラス、ハクビシン、サル……。昔話の登場人物のように並ぶ名前は、農家の敵。彼らも生きるのに必死なんでしょう。毎日がリアルモンスターパニックです。でも、こちらも生きるために農業してるんです。「明日が採り頃だ!」とワクワクしながら眠りについた夜。翌朝、そこにあったのは、無残にも食い荒らされた作物と、重機でも呼んだのかというほどの巨大な穴。……いや呼んでないし。糸魚川では、電気柵を張るのがすっかり日常の風景に。主にイノシシ対策ですが、空からはカラス、綱渡りはハクビシン、ジャンプで柵を越えてくるのはサル。もはや2Dの戦いではない、3Dです。人間の英知を結集した対策が「電気柵」というのも、なんとも言えない話ですが、やらなければ全部食われます。うまく守れて「被害ゼロ」。つまり、どれだけ手間をかけてもプラスにはならない。増収も高品質もなし。ただ、被害を防いで「現状維持」を勝ち取るだけ。徹夜で勉強して、ギリギリ赤点だけは免れた感じです。さらにこの地域、雪も多い。冬前には撤去も必要です。泣きっ面にスコップ。市街地でも「ヤツら」の出没は増えてますし、もはや農家だけの悩みじゃありません。「人間の食べてるもん美味そうじゃん」って、バレちゃった今、もう本気で向き合うしかないと思います。駆除、共生、はたまた新しい智恵、持続可能な農業の未来のために、そろそろ人間も、ひと工夫しませんか?せめて、サルが笑いながら電気柵を跳び越える姿を見なくて済むように。
ぶどうを守る新たな知恵!?
編集後記
今年の夏休みは中学校の職場体験や大学生のインターンシップ受け入れ、さらには米主様を農業体験でおもてなしといった具合に目白押しです。市内に限らず、遠〜くから糸魚川のあぐりいといがわにお越しいただけることは、きっと糸魚川市の関係人口の創出・拡大に繋がることと思います。(西連地)