あぐりいといがわが育てる米「いちのまい」のふるさとは、糸魚川市の中でも山深い集落「市野々(いちのの)」。山間地での米づくりは様々な点でハードですが、10数年、市野々に通う中でさまざまな気付きを得ることができました。今回は、わたしたちが市野々で米づくりを続ける理由、そして、米づくりを通して感じた市野々の魅力について書いてみたいと思います。
市野々の風景が「ふるさとを守る使命」を思い出させた
市野々との縁は、わたしたちの米づくりの師匠、齊藤義昭さんとの出会いから始まりました。
齊藤さんは、糸魚川市の平地から山間地まで広く田んぼを持ち、地元農業関係者なら誰もが知る米づくりのプロ。そんな齊藤さんが引退を考え始めたタイミングが、わたしたちが農業参画を志した時期と重なったのは、偶然とはいえ幸運なことでした。「谷村建設のグループ会社として、農業に取り組みたい」とお話しすると、「本気なら、市野々でやってみるか」と、提案してくださったのです。
米づくりの師匠、齊藤義昭さん。
市野々は、齊藤さんが今なお暮らす集落であり、一番大切にされてきた場所。その地に広がる田んぼを託してもらえるありがたさとともに、心の中に不安がじわっと広がるのを感じました。標高400mの山間地であり、正直、車で通うのもなかなか大変。さらに、広々とした平地の田んぼに比べ、山あいの「段々田んぼ」は作業効率も悪く、農業の素人には荷が重い……。
しかし、市野々の風景を見て、わたしたちは「あぐりいといがわの使命」を改めて思い出したのです。
農業というなりわいを受け継ぎ、先祖代々の農地や集落を守る。
そして、糸魚川を、暮らし続けたいまちにする。
そんな使命を掲げた会社が市野々の農業と農地を受け継がなければ、嘘だと思いました。
市野々は限界集落です。米づくりに適した土地でありながら、雪深く厳しい気候、良いとは言えないアクセスがネックで人口減少が続いています。ここで農業を諦めたら、集落を支えるインフラは維持できず、人は住めなくなってしまう。あっという間に土地が荒れ、土砂崩れなど災害を起こす可能性も高まります。
3m近い積雪のなか、道なき道を集落の鎮守の雪下ろしに向かう
まさに、わたしたちが守るべき農業、農地がここにある。わたしたちは心を決め、齊藤さんが米づくりを続けてこられた集落、市野々で米づくりを一から教わり始めました。
一筋縄ではいかない、山間地の米づくり
農業初心者にとって、市野々での米づくりは困難。そんな直感は当たっていました。初年度から感じたハードルは、市野々の気温と水温の低さです。平地より気温が低く、雪溶けの時期が遅い市野々では、水温も低いうちに田植えをせざるをえないため、初期生育不良の確率が高まるのです。
水源近くの取り入れ口。米づくりの敵にも味方にもなる清流。
結果、稲が大きく育ちきらず、収穫量が減る可能性が平地に比べて高くなります。平地の田んぼ(1反 ≒10a)で7~8俵収穫できるとき、山間地の場合そこから約1俵(60kg)少なくなるとされています。山間地での収穫量を手っ取り早く上げるには、化成肥料や農薬の量を増やせばいい。しかし、その手段は選びませんでした。「安心・安全が最優先」という、齊藤さんの米づくりを受け継ぐためです。
齊藤さんから作業を教わるスタッフ。16年の月日があっという間に感じられる。
齊藤さんインタビュー「米づくり 師から託された想いをつなぐ」記事はこちら
米の旨さを決定づける、市野々の清冽な環境
米のつくり手にとって、乗り越える壁が多々ある市野々。しかし、市野々の厳しくも清らかな自然がどれだけ「いちのまい」を旨くしているかを、わたしたちは実感しています。ふっくらもっちり、コシヒカリらしい甘みと粘り、そして豊かな香り。「いちのまい」の風味を生み出すのは、山間地ならではの昼夜の寒暖差です。稲は、昼間に光合成で養分をつくりだし、夜間に休むことで養分を種子(米粒)に蓄えます。しかし、夜の気温が高いと休めないだけでなく、光合成もできないため蓄えた養分を使ってしまう。結果、米粒の風味が落ちてしまうのです。
市野々は、夏でも朝つゆが下りるほどの寒暖差があり、夜にしっかり休んだ「いちのまい」は、風味をしっかりキープします。地球温暖化が進む昨今は特に、山間地こそが米の生育にふさわしい環境になったと言えそうです。
噛んだ瞬間、はじけるうま味が自慢の「いちのまい」。日本酒の仕込みに使われるほどの湧き水、澄んだ空気。「こんな自然の中で、丹精込めて育てた米です」と、お客さまに胸を張ってお伝えできます。
いつか、お客さまにも市野々の「段々田んぼ」を見ていただけたらうれしいです。「いちのまい」の風味をつくりあげる全てを感じてから食べる米は、より美味しく感じていただけると思います。
フォトギャラリー
段々たんぼ。集落内だけでも標高差は100m近くもある。
人の背丈のゆうに3倍はある畦畔。草刈りは精鋭たちをもってしても重労働。
「こだま」に出会えそうな森のなかの水源。
夏でも冷蔵庫要らずの清流。一服の清涼剤となる。
すっぽりと雪に埋まるドーム型の格納庫。
春の訪れを待ちわびながら、厳しい冬を乗り越える。
トラクターのエンジン音だけが響く、静かな集落。
雄大な景色のなかでの田植え。疲れてはいても心はなごむ。
仲間たちとともに、いつまでも残したい風景。