農業に興味を持つ若者や、教育関係者のみなさんに、人の生命を支え、国土保全につながる「農業」の尊さ、現在進行形で深化するリアルな農業を知ってほしい。そんな思いから、あぐりいといがわは、主に中高生を対象に、農業スクール「いのちのみなもとに触れる夏旅(以下、夏旅)」をおこなっています。
今回は、中学3年生で「夏旅」に参加した佐藤至子さん(以下、ゆきこ・ゆきちゃん)と、2022年から「夏旅」を企画運営するあぐりいといがわの青木 仁(以下、青木)との対談を行いました。
「夏旅」で、あぐりいといがわの活動に共感したことから、「今の自分に何ができるか」を模索し、自身の留学テーマに「農業」を掲げたゆきちゃんと、その探究を支えるあぐりいといがわとの出会い、ゆきちゃんが「夏旅」で得られたこと、そして互いが描く今後について語り合います。
市野々の挑戦者たちへの敬意と、挑戦者たちへ光が当たらないことへの悔しさを同時に感じた「夏旅」
青木:最初に少しだけ、「夏旅」を企画した理由と、「夏旅」の特徴をお話しします。
元々、東京の聖学院中学校・高等学校が40年ほど前から、糸魚川での「農村体験」をおこなっていました。それが中学生の修学旅行代わりという、なかなかユニークな学校です。
ただ、コロナ禍でその機会がなくなってしまい、「希望者だけでも農業体験をしてほしい」という想いを持つ山本先生(当時、聖学院教諭)と青木が出会い、「あぐりいといがわの『農業体験』ならいつでも受け入れていますよ」とお話ししたところ、山本先生からは、ぜひ希望者を連れていきたいとお返事がありました。
受け入れはもちろんウェルカムですが、ただ、ひとつ条件をつけました。自分たちがなぜ、この地で農業を続けているのか話をさせてほしいというものです。
あぐりいといがわは、農業を続けていくことで大切な人たちの命をつなぎ、先祖代々の農地を守りたい。その一心で、日々工夫を重ね、農作業に取り組んでいる。そのことを伝えたかったのです。
山本先生からも、賛同をいただき、「夏旅」では「いのちのみなもとに触れる」というテーマを掲げました。糸魚川の山間集落「市野々」で農業を続ける理由を知り、人々の命を支える仕事の尊さを感じ、さらに、リアルな農業を体験できることが「夏旅」の特徴です。
今日、対談を受けてくれたゆきちゃんは、2022年の「夏旅」に参加してくれました。
ゆきこ:私は、中学2年生のときに、山本先生が糸魚川でおこなっている「サマーセッション」というワークに参加していて、糸魚川とご縁ができました。その時、先生から「糸魚川の市野々という集落で『夏旅』をする」と聞いて、なんとなく興味を持ちました。
母に話すと「それ、お兄ちゃんが申し込んでたよ」と言われ、そうなんだ……と思っていたら、兄が「行きたくなくなってきた」と言い出したんです。「じゃあ私が代わりに行く!」と宣言したことが、あぐりいといがわや市野々との縁の始まりでした(笑)。
――「夏旅」で実際、どんなことをしましたか? 感想もお聞かせください。
ゆきこ:生まれ育ちともに東京で、農業体験はもちろん、農業について考えたこともなかったのですが、草刈機を運転したり、鎌とコンバインで稲刈りをしたり……初めての経験ばかりで毎日ワクワクしていました。食べさせてもらったぶどうの美味しさ、宿でのおしゃべりやごはん後のまったりした時間も記憶に残っています。
最終日には、3日間の体験や生活を振り返り「いのちのみなもととは?」を考えるワークをしました。糸魚川を素敵な場所だなと感じたし、あぐりいといがわの活動を応援したいという気持ちになりました。あと、あぐりいといがわが米づくりをしている集落「市野々」での青木さんのお話には感動しました。

――そのお話は、どんなものでしたか? どんなところに心が動かされたのか覚えていますか?
ゆきこ:お話の内容は、あぐりいといがわが市野々で米づくりをする理由……米づくりという山間地のなりわいを受け継ぐことで、先祖代々の農地、里山の風景、集落の暮らしを守りたいというものでした。農業を続けることで集落のインフラも守られ、土地も荒れずに済む。米づくりのために、市野々集落に通うことすら大変だけど、取り組む意義を感じていると。
小高い丘から市野々集落を見渡すと、家がポツポツと点在していました。でも、青木さんは「ここに住んでいるのは、あぐりいといがわに米づくりを教えてくれた、師匠の齊藤さんご夫妻だけ」と話してくれました。
こんなに美しい集落に、たった二人きり……。
風がさーっと吹き抜けた後、急に静けさが訪れて……青木さんの言葉がじーんと沁みてきたんですよね。なんだかわからないけど、すごくショックでした。
同時に、哲学を持って米づくりに取り組んできた齊藤さんという人がいて、その田んぼを受け継いで、米づくりというなりわいと、集落の暮らしを守ろうと奮闘するあぐりいといがわという会社があって、でも、こんなに頑張っている人たちのことを、私は今まで知らなかった。ということは、多分、齊藤さんもあぐりいといがわも、世の中にまだまだ知られていない。意志を持って挑戦している人がこの場所にはずっといて、すごく素敵なことが起きているのに……もったいない、悔しい、伝えたい……そんな感情や想いが頭の中をぐるぐると巡り、気付くと涙をこらえるのに必死でした。

涙をこらえながら、この光景を見ていました。
青木:あの時は、自分が一方的にしゃべっていて、「全員リアクション薄いな……」と不安だったけど、涙をこらえていたとは知らなかったです。
たった一度の「農業体験」で、泣きそうなほど、心があらゆる方面に揺さぶられ、いろいろと考えてくれただけで「夏旅」をやってよかったと思うし、市野々や農業に興味を持って、少しでも農業への想いが変化し、その想いに沿って行動が変わってくれたら最高です。お米を選んで買っていただくだけでも、もちろんありがたいことです。
ゆきこ:「夏旅」のアンケートフォームで「あなたは、日本の農業を支えるために何ができますか?」と問われて、正直なところ答えに詰まりました。「野菜を買う」とか「映像をつくる」とか答えた気がしますが、なんだか非力だなぁと。でも、あのタイミングで「何ができるか」と問いかけられたことで、農業体験に来たお客さんという意識が薄れ、「今の自分でも、できることがないか」と考えられるようになりました。自分事として、農業や集落のためにできることを探し始められるようになった気がします。

「今の自分にできることを」留学テーマを「農業」に定め、10ヶ月間の海外生活で学びたいこと
――ゆきこさんは、2024年9月から、文科省が実施する「トビタテ!留学JAPAN」での海外留学が決まっています。留学テーマを「命をはぐくむ産業である農業をつなげる〜世界から日本へ、日本から世界へ〜」と、設定された理由を教えてください。
ゆきこ:正直な話をすると、最初は留学で語学を上達させたいという思いがありました。ただ、留学中、語学以外に何を学ぼうと考えたとき、行き先のひとつだったフランスの食糧自給率の高さから「農業」というキーワードが浮かんできたんです。
今思うと、初めての「夏旅」で感じた、糸魚川のために頑張る人たちがいることへの感動と、頑張る人たちが知られていない現状に感じた悔しさが、心の奥底に残っていたんだと思います。こういう、未知の感情を湧き上がらせてくれたあぐりいといがわと一緒に何かやっていけないか……という想いが芽生えました。
もうひとつ、SNSを通じて青木さんの行動力に刺激を受けていたことも、留学のテーマを「農業」にしようと決めた理由のひとつです。
例えば、青木さんに「あぐりいといがわの活動を知ってもらうきっかけになるかも」と、「おてつたび」※1 というサービスについて話したことがあったのですが、その数か月後には、青木さんは「おてつたび」を活用するだけでなく、東京の事務局にも挨拶に行って、関係性を築いている。すごい行動力だなと思いました。
私も、青木さんのように想いを持って、やりたいこと、やるべきことを追い求めたいと感じましたし、留学という機会を掴みかけている、今の自分だからこそできることを見つけたい、と考えるようになりました。
――青木さんは、ゆきちゃんが農業をテーマとした留学をされると聞いて、どんなことを思いましたか? 何か期待されたことはありましたか?
青木:2023年の10月頃に知らされて、率直にうれしかったです。2年前、市野々集落を見渡しながら話したことが、留学のテーマ設定のきっかけになったと思うと、今度はこちらが涙をこらえる番でした。
ゆきこ: 留学の申請に向けて「こんなことを学びたい」と記した書類を青木さんに見てもらい、話していく中で、人々が生きていくためには持続可能な農業に目を向ける必要があるし、そのためには、持続可能な農村づくりをしないといけない。どうやって農村に人を呼び込んでいくかを自分なりに考えたいと思うようになりました。

――留学先のアイスランド・ベルギー・アイルランド・フランスでどんな経験をしたいと考えているかを教えてください。
ゆきこ:農村環境教育センターで、持続可能な農業、障害の有無や個性にかかわらず働ける、持続可能な農村づくりについて学びます。また、「ウェルカムホーム」というプロジェクトに関わる予定です。「ウェルカムホーム」とは、空き家を利用して、地域の交流が生まれる場所、様々な人が立ち寄ったり、現地で働きながら泊まったりできる場所、インプット・アウトプットの場所、単にお茶したりできる場所、つまり「みんなのおうち」を運営するプロジェクトです。
期間中、最も長く滞在するアイルランドでは、地元の高校で農業コースをとりながら、農家にホームステイさせてもらい、数か月間は牧場で馬の飼育を学びます。
青木:市野々でも馬を飼うって……。これは、市野々の齊藤さんの影響です(笑)。齊藤さんから「米づくりだけでなく、豚や牛を飼って、糸魚川の特産をつくろうとした」と訊いて、まずヤギ、その次に馬を飼う気になったそうです。
ゆきこ:ヤギ最大の魅力は、雑草を食べてくれるところですよ! 課題はたくさんありますが、動物とふれあえる場所が、新潟県に意外とないんですよね。子どもたちへのセラピーにもぴったりだと思います。馬は、馬糞がよい肥料になるものの、ヤギに比べて飼育が大変らしいので、やるからにはアイルランドでしっかり学ぼうと思っています。
「市野々を暮らし続けられる集落に」同じ目標に向けて、連綿と続く物語の1ページを新たに描く
――現時点で、留学で得た経験を、帰国後どのように活かせたらいいなと思っていますか。
ゆきこ:これは私の仮説ですが、「ウェルカムホーム」を市野々で実現できたら、農業と集落を残す力になるんじゃないかと思っています。
現在(2024年9月中旬)は、糸魚川の「古民家改修プロジェクト」に関わっています。帰国後は、その場所の管理者として、1年ほどかけて多様な人を受け入れていきたいです。その中で、人とのつながりを拡げ、どんなプログラムをつくるべきか、どんな施設を増やすべきかを考えていきたい。そして、馬とヤギを飼いたい(笑)。
最終的なゴールは、市野々を消滅集落にしないことです。移住者を増やすのは難しいかもしれないけど、行き来する人が増え、市野々で「ただいま」「おかえり」という声がたくさん聞こえるようになれば、市野々で農業を続けられる可能性は高まると思うんです。
青木:来年7月に帰国し、高校3年生になるゆきちゃんは、翌年、海外の大学に入って休学し(ギャップイヤー)、休学中の1年間は糸魚川に住むそうなんです。ただ、ひとつ気になっているのは、ゆきちゃんの将来の夢はCA(キャビンアテンダント)だったはずということで……。
ゆきこ:語学が活かせて、若いうちに稼げる仕事ということでいいなぁと思っていました。でも、市野々の齊藤さんとこの前話して、その夢はどこかに飛んでいきました(笑)。
青木:何があったん!?
ゆきこ:留学のことをお話しした後、別れ際に齊藤さんが「わがままを言って申し訳ないけど、何か一つでいい、留学先で学んだ知恵を、わたしたちにください」と言って、頭を下げられたんです。その瞬間、もうだめだ、私、市野々に住む。誰も住む人がいなくなっても、私が住めばいいんだ。と思いました。
――それは……グッときますね。
ゆきこ:その時は、「私は、学んだこと全部、市野々に持って帰ってくるためにやってるんです!」なんて、ちょっと的外れなことを言ってしまったけど、市野々集落を見渡して泣いた日と同じくらい、心が動きました。
母に「CAはやめます」と連絡したら「自分のやりたいことを見つけられてよかったね。こんな素敵なことになるとは思わなかった」と喜んでくれました。

齊藤さんご夫妻とゆきちゃん。
――今後、お二人がやってみたいこと、ゆきちゃんとあぐりいといがわだからできそうな楽しい展開について妄想してください。
ゆきこ:私は、「いのちとこの地をおいしくはぐくむ」という、あぐりいといがわのコンセプトを本気で実現したいと思っています。
青木:ゆきちゃんのおかげで、「市野々に関わりたい、関わり続けたい」という人の輪が広がり始めました。すごく幸せなことです。
当社は農業、ゆきちゃんはウェルカムホームなど、アプローチの仕方は違うけど、「市野々集落を守る」という同じ目標に向かっていきたい。最低限、町のプレイヤーの邪魔はせずに、目標に向かっていける仕組みづくりをしていきたいです。英語勉強しないと……という課題以外は、ワクワクしています(笑)。
ゆきこ:今回の留学も、青木さんをはじめとした多くの人の協力を得て実現に至りました。自分一人ではなく、みんなでアイデアを出し合って、補い合って進めていくプロジェクトを市野々で実現したいです。
――「夏旅」を同世代に勧めるとしたら、どんな魅力を伝えますか?
ゆきこ:東京では、気付くといつも何かに追われていて、疲れ切ってスマホ見て寝て、そのうちにいろいろと大事なことを忘れてしまったりします。糸魚川、特に市野々に来ると、農業に興味がなくても、自然に触れるだけで、何か感じるものがあると思います。
見たことない世界を見てみたい。自分の田舎を探したい。現状の日本のシステムに疑問を持っている。何かに追われていて落ち着きたい人にとっては、「夏旅」は想像以上に素敵な時間になるはずです。
――今後の「夏旅」は、どんなことを目指していきたいですか?
青木:対象が学生さんということもあって、少しでも発見や学びがある修学旅行的な感じで進めていけたらと思います。学生の頃に行った京都・奈良の魅力が大人になってわかるのと同じで、学生時代の農業や集落での体験、あぐりいといがわからの話が、大人になって改めて学ぶ機会や、家族と楽しむきっかけになったらうれしいです。
――本気同士だからできることがある。お二人の本気を伺えて、あぐりいといがわ、市野々の新たな1ページが一層楽しみになりました。今日は、ありがとうございました。
(取材・文 岡島 梓)
対談を終えて
わたしたちの活動が人の人生を動かすなんて。
夏旅を始めた2年前は、こんな未来は想像していませんでした。ゆきちゃんの存在は大きな喜びであると同時に、わたしたちの活動に大きな責任があると感じさせられるものです。夏旅のほかにも、「おてつたび」や「さとのば大学」等で農業体験に参加してくれた若者たちから時折届く「あの体験がきっかけで心が動き、行動に移しました」という声を、わたしたちが農業を続けるための原動力にしなくてはいけない。夏旅は、ただのイベントではなく、わたしたちにとっても大切な時間になっていたんだと気づいた今回の対談でした。
