2025年真夏、東京農業大学 地域環境科学部地域創成科学科の学生4名が、学科の科目である「農山漁村インターンシップ」であぐりいといがわを訪れ、5日間かけて農業のリアルを体験しました。数年前から「糸魚川やあぐりいといがわの関係人口※を増やしたい」と熱望していた青木さんですが、いつの間に夢をひとつ叶えていたのでしょうか!
今回は、あぐりいといがわでのインターンシップに参加された学生のみなさんと青木さん、地域創成科学科の藤川先生の6名で座談会を実施。5日間で得られた気づきから、地方の関係人口増に向けたアイデアまで幅広く語っていただきました。(取材・文:ライター 岡島 梓)
※特定の地域に親しみ、継続的に多様な形で関わる人々

(写真右から)
藤川智紀教授:専門は農地工学。「持続的な農地の利用」に向け、農家さんにとって使いやすい農地や働きやすい環境を実現すべく、さまざまな課題に取り組む。
山本陽介さん:これまで農業とは関わりがなく、農業の現場に触れたいと参加。また、石が好きで、翡翠の産地である糸魚川に関心があったそう。
高野美咲さん:実家は埼玉県の兼業農家。地元とは違う環境で営まれる農業を体験してみたいと、あえて遠方の糸魚川でのインターンシップに応募。
秋元美愛(みいな)さん:新潟県魚沼市の実家は兼業農家。農業法人(チーム)で営む農業に関心があり、インターンシップへの参加を決めた。
渡部創太さん:北陸に行ってみたかった&祖父が米農家で現場作業を経験したいという想いから、あぐりいといがわでのインターンシップへ。
青木 仁さん:あぐりいといがわ常務取締役。関係人口づくりのため首都圏で積極的に活動する一方、普段の車生活により重度の「歩きたくない病」を患う。
東京農業大学 地域創成科学科と、あぐりいといがわの出会い
―― まず、藤川先生から「農山漁村インターンシップ」を実施する地域創成学科の概要と、インターンシップの目的を教えていただきます。
藤川先生:地域創成科学科が目指しているのは、豊かで、持続可能な地域社会の創成です。この場合の「持続可能」とは、人間生活が持続的であるだけでなく、周辺の生態系や自然環境を保全しながら災害に強い地域を創ることを指します。学生には自然環境の保全、人々の生活環境整備、地域計画という3分野を学んでもらい、学科から地域づくりのリーダーを輩出していきたいと考えています。
学科独自の授業科目であり、学生が地域に赴きさまざまな仕事を体験する「農山漁村インターンシップ」は、地域にどのような仕事があり、その仕事と大学での学びがどのようにつながっているかに気づくため、さらに、地域はどのような課題を抱え、自分たちがどう貢献できるかを考えてもらうために実施しています。

最近、京都のラジオにも出演されるなど発信にも積極的な藤川先生
―― 続いて、地域創成学科とあぐりいといがわとの出会いについてもお話しいただきます。
青木さん:ある方から「農山漁村インターンシップ」の存在を教わり、「インターンシップの受け入れ先になりたい」と東京農業大学にご連絡しました。もともと、あぐりいといがわは「糸魚川を暮らし続けたい街にしたい」という想いから、農業を続け、地域の里山を守っていくことを目的に生まれた法人です。ただ、里山の多くは限界集落化しており、農業を通じて外部の力をお借りしなければ、この先守り切るのは難しいと感じていました。インターンシップが、外部から糸魚川に訪れるきっかけづくりにつながればと考えたんです。
藤川先生:青木さんとお目にかかり、あぐりさんの里山に対する強い想いを伺いました。「インターンシップに参加した学生さんが糸魚川のファンになってくれればうれしいし、定期的に来られなくても、関係人口という形でつながり続けるきっかけにできれば」というお話に共感しましたし、学科としても「現場主義」を掲げていることから、インターンシップでリアルな農業を体感できることも、学生にとって有意義だろうと感じました。ただ、あぐりいといがわは、数あるインターンシップ先の中でも特に遠方でした。受け入れ先に立候補していただいても、学生からの応募がゼロかもしれないという懸念は正直ありましたね。
青木さん:東京と糸魚川との往復は、時間的にも金銭的にも負担ですよね。それでも「エントリーだけはしたい」とお伝えしたところ、なんと4人も来てくれて……正直、すごくうれしかったですね。

すごくうれしいのは本当なのに、ポーカーフェイスを発揮してしまう青木さん
あぐりいといがわでの5日間、どうでした?
あぐりいといがわでの「農山漁村インターンシップ」は、1日目は「農業とは」をテーマにした座学とファーム見学、2日目から4日目は社員とともに農作業、5日目は座学と農作業を通して得た気づきをベースに対話する時間というプログラムでした。

―― 初日の座学で青木さんのお話を聴いて、学生のみなさんはどんなことを感じましたか?
秋元さん:あぐりいといがわが「糸魚川を暮らし続けたい街にしたい」という想いから創業されたという話には驚かされました。さらに、田んぼやぶどう園は元々の農地を引き継いでいること、田んぼでは農法も引き継ぐ一方、ぶどう園では農法を独自に発展させているというお話を聞き、あぐりいといがわの事業継続が、地域保全に直結しているんだと感じました。
山本さん:「農業は、現状儲からない産業」という言葉が、心に重く残っています。あぐりさんの、作物を美味しく食べていただくことでお客様の命と糸魚川の里山を健やかに守ろうという理念「いのちとこの地をおいしくはぐくむ」を実現するにも、収益を上げなければ続けられない。「儲かる」に至るまでに課題が山積する中、解決策を模索して動き続けている会社なのだと知りました。あと、あぐりいといがわの母体である谷村建設さんが「0から姫川港を造った」という話を聞いた後、実物を見て本当に驚きました。グループ全体に、チャレンジ精神が根付いている気がします。

東京出身の山本さんと新潟出身の秋元さん。空調服を着て、ネット張り作業中
―― 実際に、集落の畑や田んぼに行ってみて、感じたことはありましたか?
高野さん:市野々集落の人口はわずか2人。文字通りの限界集落に衝撃を受けました。ですが、あぐりいといがわのみなさんが農業を通じて集落に関わり続けていること、まだ数は少ないですが、私たちのように農業を通じて多様な方々が関わっていることに、少し救われるような気持ちでした。
渡部さん:あぐりいといがわは、これまで大学で先進事例として学んできたような、現代農業の担い手に発想が近く、想いを大切にしながらも効率やコストを意識して工夫されているので驚きました。一方で、農作業は力仕事が多く、若者でも体力的に厳しいと感じました。
体力的にきつい肥料散布を担当した渡部さん
種まき機を器用に操る高野さん
秋元さん:私が行ったときは力仕事が少ない時期でしたが、種まきやマルチ剥ぎ、防虫ネット張りなど、広い畑での作業はたしかに大変でした。ただ、役割分担が明確でその日の予定も年間スケジュールも決まっている。基本的には、8時出社17時退勤で働ける法人農業のメリットも感じました。
青木さん:みなさん酷暑の中、一生懸命取り組んでくれました。後日、レポートも読ませてもらい、「農業の意義」や「農業の課題や問題点」がしっかり伝わったことを実感しました。それが一番うれしかったです。
インターンシップに参加してみて、何か変わった?
―― インターンシップに参加される前と後で、ご自身の考え方や物事の感じ方に変化はあったでしょうか。
渡部さん:農業は、自分たちの食べ物を生み出す大切な産業だと頭ではわかっていましたが、あぐりいといがわのチャレンジと失敗の歴史を聞いて、普段の食事一口に想像できないほどの苦労が詰まっているんだと感じました。自分も今、栽培研究で試行錯誤していますが、あぐりさんのように諦めずにチャレンジし続けたいです。
高野さん:最終日の農業と糸魚川のこれからを考える時間では、対話の大切さを実感しました。自分の意見を育てながら、相手の考えにも耳を傾け、一緒に解決策を見つける過程を楽しいと思えるようになったのはひとつ成長かなと思います。
山本さん:私はぶどうの収穫を手伝い、ぶどうが収穫されてから店で売られる形になるまでの苦労を垣間見ました。目の前にあるものの背景を想像するようになったと思います。
秋元さん:背景の想像については私も思うことがありました。同時期にインターンシップに参加した山本君は東京出身で、私は新潟出身。一日の終わりに、今日の感想などを話し合ったのですが、お互いの言葉があまりに違って驚いたんです。農業が身近な私にとっての当たり前は、彼の当たり前ではない。同じ作業をしていても、こんなにも感じ方、捉え方が違うと知って、最初は山本くんと壁を感じたくらいでした(笑)。
青木さん:背景にまで思いを馳せ、お互いを理解し合おうともがくことは大切ですね。例え話ですが、新潟の人間は、数センチの積雪で交通がマヒする東京を笑うのではなく、そうなる背景を知る必要がある。今回は、東京から糸魚川まで来ていただきましたが、我々が、都市でインターンシップ的な体験をすることも、互いへの理解を深めるために必要かもしれないなと……みなさんと出会って、そんなことを考えます。

予定の時間をオーバーしてしまうほど、たくさんの意見が飛び交いました
関係人口を増やすには、どうしたらいい?
―― 現場経験を積んだ学生のみなさんから、糸魚川やあぐりいといがわへの関係人口を増やすためのアイデアもたくさん生まれてきたようです。今回は、代表してお二人から
渡部さん:農業の人手不足は深刻な課題です。今回のように大学と連携しながら農業を体験できる仕組みがあれば、学生にとっては貴重な現場経験になるし、受け入れ先の人手不足解消にもなると思いました。旅をしながら地域の仕事を手伝う「おてつたび」のような取り組みも魅力的だと感じます。
山本さん:生産者と消費者、現場と、農村と都市の認識の違いを埋めるために、農業のリアルを知る機会を増やすことが必要だと感じました。その一助として、サークル活動との連携を考えました。合宿で地方に行くスポーツ系のサークル、ボランティアや食文化系のサークルなどが農作業を手伝えれば、学生にとってもレアな経験になるし、地域は関係人口も増やせる。サークルの定番行事になれば、関係の維持にもつながりそうです。
農業をきっかけに人との交流を生み出し、この先も長くつながり続けたい
―― 最後に、インターンシップで生まれた関係性をどのように育んでいきたいかを伺っていきます。
藤川先生:糸魚川は持続可能性も含めて様々な課題を抱えており、自然環境、産業、生活など多様な面から教材となりうる地域だということが、学生からの報告でよくわかりました。研究フィールドとして魅力的だと感じますし、学科としてもインターンシップを続けたいと思っています。将来的には、学生が大学での学びを地域に還元し、労働力以外でもお役に立てるよう教育に一層力を入れたいと思っています。
青木さん:現場での実践を重視する東京農業大学の教育理念と、地域に関係人口を増やし、持続可能な地域づくりを目指すあぐりいといがわの想いが重なり合っているとわかったことが最大の収穫でした。わたしたちも、引き続きインターンシップを継続していきたいです。受け入れ側として、学生のみなさんにとって魅力あるプログラムをつくりたい。今回、みなさんのレポートを読んで地域の文化資源、自然環境に触れたいといった希望を知ることができたので、次回以降、反映させたいです。
山本さん:あぐりさんは、農業初心者の自分にも農業に関われるように配慮してくれました。農業に馴染みがなくても、農業や食について改めて考えてみたいという人にとっては、貴重な体験ができると思います。
藤川先生:ただ、大学自身が有する問題として、大学が関わる活動の継続性については課題を感じています。教員の移籍や退官、サークル活動の変化、そもそも少子化による学生の減少などさまざまな要因で、大学の取り組みは多くの場合20年ほどでそれまでの仕組みが続かなくなっている印象です。一方で、地域はその先もずっと、100年単位で続いていきます。大学の教育システムと、地域を持続的につなぎ続ける方法を考えていかなければなりません。
青木さん:そうですね。わたしたちも農大さんとのつながりに甘えず、農業や地域政策を学ぶ学生さんや研究者の方と幅広く出会いを模索しなければなりません。糸魚川やあぐりいといがわを舞台に、より多くの方と「人口減少地域の持続可能性を高めるにはどうすればいいか」といった話をできたらと思います。
秋元さん:今回のインターンシップでは、糸魚川に関わる人たちとのつながりができました。これまで馴染みのなかった街でも「知り合いがいる」だけで距離感がぐっと縮まるのだと知りました。この先も、糸魚川に定期的に行けたらいいなと思っています。
高野さん:糸魚川市の方に農大に来ていただいてワークショップをしたり、糸魚川の物産を学園祭で販売するといった取り組みで、この先もつながりが続いていけばうれしいです。私も、糸魚川滞在中の学びを活かして活動をサポートできると思います。
青木さん:夢物語ですが、学生さんが定期的に糸魚川を訪ねてくれ、「今日はあそこの草刈りしてみようぜ」などと、誰かしらが集落で活動している光景が生まれていたら最高です。今日は、ありがとうございました!
見晴らし最高な農大サイエンスポート「AirBridge」でトマトジュース大農を手に笑顔
対談を終えて
「わっ、カエル!」。インターンの一人が畑で大きな声を上げました。その時は「そんなに驚くことか?」と思いましたが、後日、自分の偏りに気づきました。一人の学生から「都市と農村の認識の違い」という言葉がでたからです。個々の性質だけでなく、これまで生きてきた環境や時代背景による認識、価値観の違いはあって当たり前。ただ、これまでは農業体験などを通じて、農村の当たり前を一方的に押し付けることでそのギャップを埋めようとしていたかもしれない……座談会での「背景の想像」という言葉にハッとさせられました。
都市で暮らす人、農村で暮らす人、それぞれ互いの事情を知ってこそ、認識の差が埋まるはず。それは、生産者と消費者の関係性にも通じます。誰にも平等に必要な「食べ物」だからこそ、作る人と食べる人が歩み寄っていくための想像力を身につけたいと思わせてくれたこの座談会、そして学生のみなさんに感謝です。(糸魚川農業興舎 青木)
