米作り 88の手間 その16 田打ち 実りの秋に笑うためのはじめの一歩

米作り 88の手間 その16 田打ち 実りの秋に笑うためのはじめの一歩

「米」という漢字は、ばらばらにすると「八・十・八」の文字からできているように見えます。米を育てるには88の手間がかかることからこの字ができた、とも言われています。
今回は、田んぼを冬の眠りから覚ます作業「田打ち」のお話しです。


田んぼに春の訪れを告げる作業

「田打ち」とは田んぼを耕すこと。土を一定の深さで掘り返していく作業です。一般的には「耕起」と言われるこの作業から、米づくりは本格的な春を迎えます。
秋に水を抜いて乾燥された田んぼの土は、冬の雪に押され固く締まっています。田打ちの目的はいくつかありますが、土に空気をたっぷり含ませることが大切です。空気を含んで乾燥した土は微生物の働きを活発にし、稲の健全な生育を促してくれます。掘り返すと同時に混ぜ込まれた藁(わら)クズなども養分となって、稲の生育を助けてくれます。


田打ち前(右側)と田打ち後(左側)。掘り起こして、混ぜ込んで。

「ただ耕す」にあらず。3つの大事なこと

さて、「耕す」という一見単純で簡単そうな作業、実は非常に奥が深いのです。ポイントは3つ。「打ち残し(掘り返していない部分)をしないこと」「掘り返した土を偏らせないこと(表面を凸凹にしない)」「一定の深さで掘り返すこと」です。この3つを疎かにすると、田植え時に欠株(苗が植わらない)の原因となったり、水を張ったときに水位の高低差がでてしまったりと、稲の生育や収穫量に影響がでてしまいます。また、この後に続く代かきや田植えなど、農業機械を使用した作業においても、操作性の低下や機械破損の原因となったりもします。

田打ちに使用するのがトラクター、田んぼに限らず野菜を育てる畑でも「耕す」という作業には欠かせない農業機械です。
余談ですが、トラクターは「人類の歴史を変えた」とまで言われるほどの発明だったそうで、誕生は130年前に遡ります。その歴史は非常に興味深いのですが、そのお話しはまた別の機会に


トラクター全景。現役で活躍すること30年以上。

頭と体を駆使してトラクターを操る

いよいよ田打ち開始、トラクターの運転です。トラクターを走らせながら後部の耕うん爪(ロータリー)を回転させて耕していくわけですが、トラクターの運転、すなわち「動かす」ことはそう難しくはありません。自動車の運転ができれば難なく動かせるでしょう。しかし、「田打ち」をするとなると勝手は違います。自走速度と耕うん爪の回転数バランス、打ち残しをしないための緻密さ、同じ箇所を2度走行しないためのコースどりなど、多くのことに気を配る必要があります。ときには、水はけが悪くぬかるんでいる箇所を回避しながらも耕していく、という臨機応変な対応力も重要です。(ぬかるんでいる場所でトラクターが身動きできなくなる「埋まる」状態はまさに地獄、絶望感に襲われます(笑))。

もちろんトラクターのメンテナンスも重要で、特に耕うん爪の摩耗や欠損は田打ちの仕上がりに大きな影響を及ぼします。

最も重要な部分、ロータリー。約40本の耕うん爪が回転します。


爪のこまめな交換も大事なことです。

田打ちの出来がその後の成否を分ける

「田打ち」を一人前に行えるようになるには経験を重ねて様々な力を養う必要がありますが、一番大事な素養は何と言っても「忍耐力」です。
トラクターでの田打ちは「とにかくゆっくり」が大原則です。長さ百数十メートルの直線距離を何往復もしてようやく田んぼ1枚の田打ちが完了するわけですが、トラクターの速度はなんと2、3㎞/h!さらに春の陽気が眠気を誘い……睡魔との闘い、拷問です(笑)。作業に慣れれば慣れるほど、激しさを増す睡魔。睡魔との闘いを制してこそ一人前と言えるでしょう。

私たちの師匠、齊藤さんの言葉を借りると「一番大事な作業。これだけは人に任せられん」とまで言わしめる田打ち。秋の収穫まで続く作業の効率性や作業性、何よりも稲の生育を左右する最重要な作業です。忙しさにかまけて、とかく「作業をこなす」ことに陥りがちですが、目的や根拠を理解し、疎かにすることなく丁寧に行うことが、秋の豊かな実り、お客さまの口福へと繋がっていきます……あと2か月、大事な作業が始まります。

齊藤さんのインタビュー記事「師から託された想いをつなぐ」はこちら


実りの秋を笑って迎えられますように。

あぐりいといがわでは「いつでもできる農業体験」を企画しています。「田打ち」作業も体験できるかも!?お気軽にお問い合わせください。


フォトギャラリー


埋まってます。絶望に頭を抱える運転手の姿が目に浮かびます。


100mを4分かけて......。歩く人に追い抜かれます。

今にも眠りにおちそう。(笑)


あらゆる感覚を研ぎ澄まし、丁寧な作業を心がけていきます。